【2026年最新】学費0円で給与も?自衛隊の看護学校に通った私の体験談

「看護学校って、そんなにお金がかかるの?」

この記事を書こうと思ったきっかけは、以前、知り合いのお母さんと話をしていたときのことでした。

「看護師になりたいと思ったことがあるけど、看護学校って学費が高くて……」

そんな話を聞いて、私はちょっと驚きました。

というのも、私自身は看護学校の授業料を払った経験がありません。

それどころか、学生時代から自衛官として給与をもらっていました。

宿舎があり、食事も支給。

制服や作業服、ジャージなども支給されていました。

「看護師になるのって、そんなにお金がかかるんだ……」

むしろ私の方が、一般的な看護学校の事情を知らなかったのです。

私が卒業したのは、

自衛隊中央病院附属高等看護学院。

現在、この学校はありません。

今は制度も大きく変わっています。

そこでこの記事では、

「私が通っていた当時の話」

と、

「2026年現在の制度」

を分けて書いてみようと思います。

高校1年生。「東京に住めて、衣食住タダで看護師になれるところがあるよ」

この学校を知ったのは、高校1年生のときでした。

親から、

「東京に住めて、衣食住タダで、看護師になれるところがあるんだって!」

と聞いたのが始まりです。

実は私、子どもの頃から看護師になるのが夢だったわけではありません。

母は介護施設を中心に働いていて、仕事の大変さをよく話していました。

高校生の私は、将来何になりたいのか、まだはっきり決まっていませんでした。

ただ、

「一度、家を出てみたい」

「東京に住んでみたい」

という気持ちはありました。

さらに、自衛隊の訓練も経験できる。

私は勉強にはあまり自信がありませんでしたが、体を動かすことには自信がありました(笑)。

看護の勉強もできて、自衛隊の訓練もできる。しかも衣食住がついて給与まで出る。

「こんな珍しい経験、なかなかできないじゃん」

そう思いました。

高校1年生でこの学校を知ってから卒業するまで、その気持ちは変わりませんでした。

入学試験で心配だったのは、ほぼ筆記試験だけ(笑)

私の記憶では、試験には筆記試験、面接、身体検査、体力試験などがありました。

一番心配だったのは、もちろん筆記試験。

なぜなら私は、

勉強はできない。でも運動はできるタイプ(笑)。

だから最初の筆記試験を通過したとき、

「ここまで来たら大丈夫」

と思った記憶があります。

同じ高校から受験したのは2人。

2人とも一次試験には合格しましたが、最終的に合格したのは私だけでした。

合格発表の日。

先生に呼ばれて職員室へ行くと、もう一人の子が先に結果を聞いて泣いていました。

私は合格していましたが、その場で喜ぶこともできず、なんとも気まずくて、そそくさと職員室を出たのを覚えています。

鹿児島から東京へ。衣装ケース1個で上京

卒業後、両親と一緒に東京へ向かいました。

持っていった荷物は、確か衣装ケース1個くらい。

「これくらい」と言われていたので、そのまま素直に守ったんだと思います。

ところが、宿舎の2人部屋に入ると、北海道から来た同室の子は衣装ケースを複数持ってきていました。

「え?1個じゃないの?」

と聞くと、

「そんなんじゃ足りないし。多くなっちゃった」

と笑われました。

机を見ると化粧品も並んでいます。

当時18歳の私は、

「え、もうこの歳で化粧するんだ」

とびっくり(笑)。

鹿児島から出てきた田舎娘と、北海道から来た女の子。

でも、この同室の子とは話せるようになりました。

東京で最初にぶつかった壁は「鹿児島弁」だった

入校して1週間くらいたったころだったと思います。

先輩たちが歓迎会を開いてくれました。

部屋へ戻ったあと、同室の子から突然、

「ごめんね。いつも一生懸命しゃべりかけてくれてたのに、言ってること半分も分からなかった。訛り強いから」

と言われました。

えっ(笑)。

後から先輩にも同じようなことを言われました。

鹿児島弁に加えて、私はしゃべるのも速かったんです。

東京に出て最初にぶつかった壁は、自衛隊の訓練でも看護の勉強でもなく、

まさかの言葉でした(笑)。

看護学生だけど、私は自衛官でもありました

私が通っていたころの大きな特徴がこれです。

看護学生ではありますが、同時に自衛官でもありました。

私の記憶では、

1年生は三等陸士。

2年生は二等陸士。

3年生は一等陸士。

階級があり、給与も支給されていました。

※現在の自衛隊には「三等陸士」という階級はありません。また、これは私が在籍していた当時の制度です。

最初の給与だけは、確か現金で手渡しでした。

高校を卒業したばかりの私は、あんなにたくさんの一万円札を手にしたことがありません。

「……これ、どうしたらいいんだろう?」

使い方が分からなくて、結局貯金しました(笑)。

バブル後半の東京。でも私は遊び方が分からない

当時はバブル時代の後半。

同期には垢抜けた子も多く、ちょっとしたブランド物を持っている子もいました。

おしゃれをして、自分たちでいろいろ調べて東京へ遊びに行く。

中にはエルメスなどの海外ブランドを買う子もいました。

でも私はブランド自体をよく知りません。

「これ持ってるんだよ!」

と言われても、

「へぇ〜」

という感じ(笑)。

そもそも高校時代、友達と街へ出て買い物したり遊んだりした経験がほとんどありませんでした。

念願の東京に来たものの、

「どこへ行けばいいんだ?」

状態です。

じゃあ放課後、何をしていたのか。

走っていました(笑)。

ほぼ毎日ランニング。

今思い返しても、本当に私らしい18歳です。

それでも2万円の腕時計だけは、悩みに悩んで買った

給与をもらうようになって、少しずつ「自分で稼いだお金で、自分の欲しいものを買う」という経験もするようになりました。

今でも覚えているのが、一本の腕時計です。

値段は確か2万円くらい。

当時の私には、とても高価な買い物でした。

「こんなに高いもの、買っていいのかな……」

ものすごく悩みました。

それでも思い切って買いました。

同期が海外ブランドを買っていた時代に、私は2万円の時計でこんなに悩んでいたんです(笑)。

そして、この時計。

今も持っています。

※18歳の私が、初めて自分の給与で買った腕時計。30年以上たった今も現役です。

バンドは何度も交換しました。

電池も何度も交換しました。

腕時計をつけることが苦手になった時期には、壁にかけて飾っていました。

それでも手放さず、30年以上たった今も使っています。

授業中は寝て怒られ、放課後は元気に走る看護学生

だからといって、優秀な看護学生だったわけではありません。

むしろ逆です(笑)。

勉強は得意ではない。

授業中に寝てしまって、先生に怒られたことも何度もあります。

なのに放課後になると元気に走る。

勉強は苦手。でも運動ならできる。

そんな看護学生でした。

それでも、落ち込んでいる暇はあまりなかったように思います。

何もかもが初めてだったからです。

毎日が、とにかく新鮮だった

鹿児島を離れて東京で暮らす。

全国から集まった同期と生活する。

自衛官として訓練を受ける。

看護を学ぶ。

初めて給与をもらう。

自分のお金で欲しいものを買う。

私にとって、すべてが初めての経験でした。

自衛隊の訓練も、私はむしろもっとやりたかったくらいです。

年に何度か本格的な訓練もありました。

富士の演習場付近でテントを張って寝たり、穴を掘ってトイレを作ったり。

担架で患者さんを搬送する訓練や、匍匐前進なども経験しました。

看護学生なのに、こんな経験もする。

だから毎日が新鮮でした。

私の学校は閉校。現在は「防衛医科大学校看護学科」へ

ここからは、私の体験談ではなく2026年現在の制度についてです。

私が卒業した自衛隊中央病院附属高等看護学院は、現在は閉校しています。

現在は、防衛医科大学校医学教育部看護学科に4年制の看護師養成課程があります。

看護学科には、大きく分けて

自衛官候補看護学生

と

技官候補看護学生

があります。

私が学生だったころとは制度が大きく変わっているため、ここは分けて考える必要があります。

自衛官候補看護学生とは?

自衛官候補看護学生は、看護師・保健師の資格を持つ幹部自衛官を養成するコースです。

4年間看護学を学ぶだけではなく、自衛官として必要な教育や訓練も受けます。

入学金・授業料の納入はなく、学生の身分は特別職国家公務員です。

学生手当や期末手当が支給され、被服や食事などについても貸与・支給があります。

卒業後は幹部候補生学校などで教育を受け、その後、自衛隊病院や衛生課部隊等で勤務することになります。

そのため、

「学費がかからないから」という理由だけで選ぶ学校ではありません。

看護師として働きたいのか。

自衛官としても働きたいのか。

そこまで考えて進路を選ぶ必要があります。

技官候補看護学生という道もある

防衛医科大学校看護学科には、技官候補看護学生というコースもあります。

こちらは、自衛官ではなく、防衛省の技官として勤務する看護師を養成するコースです。

同じ看護学科でも、自衛官候補看護学生とは身分や卒業後の働き方などが異なります。

また、自衛官候補看護学生と技官候補看護学生は、入試制度も別になっています。

私の学生時代とは制度そのものが大きく変わっていますので、受験を考えている方は、必ず防衛医科大学校や自衛官募集の最新の公式情報を確認してください。

「学費が高いから」で、看護師を諦める前に

あのとき知り合いのお母さんから、

「看護学校は学費が高くて……」

と聞かなかったら、この記事を書こうとは思わなかったかもしれません。

私にとって看護学生時代は、授業料を払うどころか、自衛官として給与をもらいながら生活した3年間でした。

でも、それ以上に今思うのは、

18歳で親元を離れ、自分の人生を自分で選び始めた3年間だった

ということです。

私は「子どもの頃から看護師になるのが夢でした」というタイプではありません。

勉強が得意だったわけでもありません。

東京に行ってみたい。

家を出てみたい。

自衛隊なんて、ちょっと面白そう。

衣食住がついて給与も出るなら、なおさら行ってみたい。

そんなところから始まりました。

それでも看護師になり、その仕事を30年以上続けることになりました。

だから、もし今、

「看護師になりたいけれど、お金のことが心配」

「進路を決められない」

と思っている高校生やご家族がいたら、最初から選択肢を一つに絞らなくてもいいと思います。

今は私の時代とは制度も違います。

防衛医科大学校だけでなく、国公立の学校、奨学金、病院独自の修学資金など、調べてみるといろいろな道があります。

「お金がかかるから無理」と決めてしまう前に、まずはどんな選択肢があるのか調べてみる。

この記事が、そのきっかけの一つになればうれしいです。

※この記事の自衛隊中央病院附属高等看護学院に関する体験談は、私が在籍していた当時のものです。現在の制度とは異なります。

受験・進学を検討される方は最新の募集要項・受験資格などは、公式サイトでご確認ください。

▶ 防衛医科大学校 公式サイト
▶ 防衛医科大学校看護学科(自衛官候補看護学生)公式案内

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